藤井 多恵子 TAEKO FUJII

プロフィール

東京女子大学を経て東京藝術大学卒。

フルブライト留学生としてボストン大学大学院より修士号を得る。

メトロポリタンオペラ ナショナル カウンシル オーディションで第二位。

ニューヨーク州立大学講師などを勤めながら、各地で蝶々さん、ヴィオレッタ、ミミ、ジルダ、ヴィテリア(皇帝ティトの慈悲)、ジュリエット(ロメオとジュリエット)などを歌って好評を得る。

ロンドンのサドラースウエルズ劇場、スコットランドのヒズマジェスティ-劇場、スイスのローザンヌ大聖堂、ワシントンの桜祭りなどでも客演。

また、アンドレ・コステラネッツやアーサーフィードラーのソリストとしてボストンポップスと共演。カーネギーホールに於ける現代音楽の祭典ではニューヨークタイムズ紙で絶賛された。

ミュージカルの分野では「王様と私」のタプティム役で助演女優賞にノミネイトされた。

在米15年間は教会ソリストを勤め、メサイヤ、天地創造、マタイ受難曲、ヨハネ受難曲、レクイエム(モーツァルト、フォーレ、ブラームス)、ブルックナーのテデウム、第九、カルミナブラーナ等のソリストを勤めた。

帰国後、香港、韓国で演奏。

文化庁芸術祭にリサイタル「シェイクスピアの世界」、「さよならバーンスタイン」で参加、オペラ「祝歌が流れる夜に」(初演)、「天守物語」「死神」「安寿と厨子王」「青空をうつ男」「鬼の女房」「こうもり」「チャルダッシュの女王」「リナルド」「シーザーとクレオパトラ」「泥棒とオールドミス」「アマールと夜の訪問者」「ウンディーネ」「十三夜」等の主役で好評を得る。

武満徹のミュージック・トゥデイに参加。NHK名曲アルバム、題名のない音楽会に出演。

最近は講演、翻訳、演出、字幕スーパー制作、と仕事の巾を広げ、主宰するアメリカの歌研究会は今年(2017年)25周年を迎え、新しい歌曲やミュージカルの紹介につとめている。

メノッティのオペラ「電話」日本語出版(ドレミ出版)。

二期会、日本オペラ協会会員。二期会英語の歌研究会。 



Information

「アメリカ・イギリス歌曲集」

  藤井多恵子 訳・編  初版発刊!

 

黒人霊歌、古謡、民謡、オペラ、オペレッタ、ミュージカルなど全33曲。

日本ではまだあまり紹介されていない英語圏の歌曲をさまざまなジャンルから集めた歌曲集。


【価格】2,400円(税込 2,592円)
【発行】ドレミ楽譜出版社 03-3988-6451

          および各楽器店にて販売

 

 

◆発刊記念コンサート◆

2019.5.1(水) 6:00 pm 開演

 

日暮里サニーホール・コンサートサロン

参加費 ¥3,000

 

お問合せ 03-3476-3226 〈藤井〉

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「音楽現代」7月号 黒田晋也のオペレッタエッセイに

藤井多恵子とアメリカンオペレッタについてのトークが掲載。


多恵子の留学記

多恵子の留学記

7月から藤井多恵子の留学記をスタートします。

50年余り前のカルチャーショック、驚き、そして今でも新鮮な声楽のレッスン、

人生を変えてくれたアメリカ生活等を順次お伝えしようと思います。

どうぞお楽しみください。

 

No.7 レディス ファースト
~ と言うわけで大好きなハワイに再度戻り1日出発が伸びました。

畑支店長のお子さんたちは″お姉ちゃんが帰ってきたと大喜びでした。

翌日ホノルル空港で支店長は整備の人達に「大丈夫か?」「大丈夫か?」と

念を押してくださり、やっと大きな海を飛びました。

最初に降りたのはポートランドで、そこではすでに留学していた従兄弟が迎えてくれ、

彼のスポンサーのお宅に泊めていただきましたが、そこで生まれて初めて出されたのが

コテージチーズでした。味もなくて、なにこれ?と思いましたが我慢して食べたのを覚えています。

多分初めて豆腐を食べた外人たちもそんな風に思ったかもしれません。

え?今は大好きです。野外の大きなドライヴインシアターで車に乗ったまま大画面の映画を見て

車の窓からコカコーラやフライドポテトを買うと言う初体験もしました。翌日はシアトルに飛び、

青学時代のボーイフレンド祐ちゃんが迎えてくれました。祐ちゃんは中田羽後先生の息子さんで、

本人より先生が私の事を“息子のお嫁さんにしたいと思って居る”とある雑誌に書いていらしたのを

後で知りました。

祐ちゃんはランドセルをしょっていた頃から“お嫁さんになってよ”と言っていたのですが、

シアトルでも早速プロポーズされました。

当時の私から見ると外車を乗り回してプレイボーイのように見えたし、いよいよこれか

ら勉強を始めるのだという期待の方が大きくてそのままおさらばしてしまったのです。

祐ちゃんからは今もクリスマスカードが来ていて良い友達関係が続いています。

たった数日で私は自分で車のドアを開閉しないでレディス ファーストにされるのが

アメリカなのだ、といい気分になって来ていました。

日本で見たアメリカ映画の主人公になれたようで嬉しかったのを覚えています。 

 

No.6 いよいよメインランド(本州)へ

 アメリカの新学期は9月です。それまでの1カ月をアメリカ生活、英語の準備期間に当てるため、

JALのホノルル支店長の畑さんのお宅にお世話になれたのも幸せでした。

宏チャンと浩チャンと言う二人の坊ちゃんがいらして私の英語の発音を直してくれました。

特に″world"を「No,お姉ちゃんチガウよ」と直されたのを覚えています。

此のご一家も私を家族の様にして下さって、ピクニックやドライヴ、ショッピング、

有名ホテルのランチ等に連れて行って下さいました。

今この息子さんも立派に成人され帰国後私のコンサートに奥様や生まれたての

お孫さんをつれてきてくださり、人のつながりの大切さを痛感して居ます。

お別れの時「お世話になるばかりでお返しできない」と言いましたら、支店長さんが

「僕に返さなくていいんだよ。多恵子さんが何時か若い人に親切をしてあげればそれでいい」

と言って下さったのが身にしみて、その後の私の生き方に影響を与える事になりました。

ブーゲンビリアやハイビスカスが絶えず咲き、樹木は平に大きく広がり、

白い鳩が大木に住んでいて、きっと天国とはこういうところだろうと思わされた素晴らしいハワイでした。

ところが本土に向けて飛び立って間もなく大海原の上でDC8機の4つのエンジンの1つから煙が出て

大騒ぎになったのです。

 

No.5 「アロハ」

  「アロハ」は“Happy Life”の意味で、「こんにちわ」「さようなら」「ウエルカム」の

気持ちを表す時は何時でも使える素敵な言葉と知りました。
総領事夫妻には私と同年のお嬢様がいらして学業途中のため東京に残して

いらしたそうで、私を娘が帰ってきたように可愛がってくださり私が小父さま、

小母さまと呼ばせて頂いたのを御喜びのようでした。
領事館の日本人コックさんから、きっと長らく日本の若い女性に逢って

いなかったのでしょう、突然デートに誘われました。
総領事夫人が「国賓に失礼な事を言って!」と謝られたのも今は懐かしい

思い出です。
帰国後も豪徳寺の服部宅に寄せていただき、ご夫妻が亡くなられるまで

御付き合いは続きました。
ハワイ大学のイーストウェストセンターでのリサイタル、TV出演等、

シンデレラになったような毎日、カッコいい運転手がドアを開けてくれるなんて

日本では経験した事もありませんでした。


ベッドルームも雑誌でしか見たこともないようなお部屋で写真(白黒)を

一杯取って両親に送り続けました。
父が出国前に買ってくれたリコーのカメラが役に立ちました。
父はカメラ狂でしたから喜んでアルバムを作ってくれていたようです。
Aloha!

 

No.4 「日本人」を意識

  その夜、着付けをしにハワイ島のヒロから来たおばあさんに聞かれました。

“貴女日本舞踊やってたでしょ?” “あ、いえ” と否定したのですが、

よく考えて見ると体が弱かったので3、4歳の頃花柳流の先生のところに

行っていたのを思い出しました。

着物を着て観客に向かって左右の足を7部と4部で運んでいたそうで、

小さい頃身についたのだとしたら何でも役に立つのだなあと思いました。

コンサートの後のパーティは日本総領事館が主催して下さったのですが、

こんな私が背中に日本をしょって居るのだと自覚しました。

日本での打ち上げとは違って素敵なパーティーでしたが、

領事館の人達のえばっていた事、アメリカの指揮者や各界の偉い方に対して

恥ずかしかったのも覚えています。

翌日から日系人のお茶の会、ハワイ大学の「能樂の会」等私を歓迎して催して

くださるすべてがチンプンカンプンで本当に穴に入りたい思いをしました。

私は日本人なのだ。もっと日本の文化や歴史を学ばなくてはいけない、

とはっきり思わされました。

終戦後西洋文化に追いつこうとばかりしていた自分が、日本を離れてみて

外側から日本を感じた最初でした。

 

No.3 大きな星空と海風のワイキキ シェル

 本番の日、飛行機でハワイ島に住む着付けの日系一世のお年寄りが来られ、

母がこの日の為に揃えてくれた蝶々柄の振袖を着付け、サツと帯を締め、

頭にヘアピースと花をつけてくださいました。

当時のワイキキ シェルは名の通り大きな貝殻型で、椰子の木に囲まれ、

海風が通ると葉がさわさわ音を立てます。

満天の星空が太平洋の島の上に果てしなく広がり、「美しい」と言う言葉は

こういう時に使うのだと実感したものです。空を見たらB29に狙われる、

と言われて過ごした子供時代からこんなひろい空を見たのは初めてで、

あの夜の感激は今思い出してもドキドキします。

ステージの袖で出番を待ちながら聞いたホノルル交響楽団のドヴォルザークの

8番シンフォニー、あの曲を聞くと今でもこれから始まるアメリカ生活への夢で

胸がいっぱいで涙が出そうだった若い私がもどって来ます。

スポットライトを浴びて一歩出ようとした私にテレビ局のMCのオジサンが

“ミス タケオ!ウエルカム!”と言ったのです。

TAEKOのEとKを入れ替えるとタケオになり、彼らにはどっちでもよいのかもしれませんが、

急に男の名前を呼ばれびっくりしました。

おまけに歌いだして間もなく、スポットライトに誘われて小さなカナブンブンみたいな虫が

口の中に飛び込んできて何と歌を止めずに飲みこんでしまったのです。

その夜私が歌ったのはチャイコフスキーのジャンヌ ダルクから“森よさらば”と

蝶々夫人から“ある晴れた日に”、そして二期会が送って下さった山田耕筰の“松島音頭”の

オーケストラ版でした。

松島音頭には少しいい加減な盆踊り風の振り付けも付けました。

特に日系の方々の喜びようは大変で、アメリカ風にピー、ピー、と口笛が鳴りやまず、

何回も日本式の最敬礼をしました。幸せなスタートでした。

 

No.2 戦争に勝った国へ

 4発エンジンの飛行機はウェーキ島にとまって給油、機内でアテンダントのお姉さま方が

私に振袖を着せてくださってホノルルに着きました。

羽田はうす暗かったのにあの空から見た宝石をちりばめたようなホノルル空港を見た時の

感激ったら。

その瞬間からこんな国と戦争したなんて、という言葉にならない差を感じる毎日になりました。

空港ではハワイの日本人会の方々、日本総領事館の方々、新聞社の方々が顔がうずまる位の

レイを首にかけてくださり、総領事館のゲストとなりました。

クラッシック界からは私、歌謡曲界から春日八郎さんが戦後初めての公認ゲストだったようで、

なれない着物姿の私が草履をすっ飛ばした時春日さんが拾って下さり顔から火がでそうでした。

若いと言う事は素晴らしい事です。

何でも吸収し、すべてを楽しんで、ちっとも怖くなかったし どちらかと言うとおとなしかった私が

どんどん花が開くように変わって行きました。

無事着いたという電話など出来ない時代ですから 両親は10日位してから私の手紙が着いて

やっとああ生きていたんだ、と安心したそうです。

3日後、私のデビューとなるホノルル交響楽団との共演がやってきます。

指揮者のジヨージ バラティさん夫妻もお家に呼んでリハーサルをしてくださり、

まあアメリカ人ってこんなに大きな家に住んでいるのだ、家電が揃って居て外車が2台も並んでいて

映画みたいな世界があったのだと(今なら当たり前のことですが)驚嘆するばかりでした。

総領事館での最初の朝食に丸いニガーいフルーツが出ました。

こういう風に淵からスプーンでスクってお砂糖をかけて、と服部総領事夫人が教えてくださいました。

グレープフルーツでした。

 

No.1 浦島多恵子 1959

 柔らかいちり紙がきちんと折り重なって次から次へときれいな箱から出てくる、、

これは魔法だ!とたまげたのがアメリカ上陸第1日目のカルチャーショックでした。

当時の日本の一般の家庭ではテレビも洗濯機もなかったし、トイレは汲み取り式で

くさい場所、紙はゴワゴワでところどころに黒い屑のような物が入っていて100枚位を

重ねて束にしてある物でした。

銀座の楽器店に珍しい西洋トイレがあって「反対向きに座る事」と絵入りの説明が

ついていたのを覚えています。

アメリカへの一般渡航は許されていなかった時代で1$が\360、

私は政府の留学生(フルブライト)として$25だけ持つことを許されてハワイに飛びました。

羽田では水盃、もう一生会えないかもしれないと芸大時代の浅野千鶴子先生はじめ

皆さんが送る歌を歌って下さり、涙の別れでした。


ミニレッスン

歌い手のためのミニレッスン

87歳になっても歌っていられるのはアメリカで学んだ発声法のお蔭。これから毎月少しずつ経験から得たヒントを紹介しよう。
若い歌い手さん達に何かのヒントになれば嬉しい。

 

No.22 総集編2 自然体の歌

声帯は喉にあるから、と喉だけを絞めつけたり振り絞って歌うな、と言うのが最後のアドバイスです。

頭声、鼻声、喉声、胸声、地声、の中で一番聞き苦しいのは喉声です。

聞いている人まで苦しくなります。
それから自然なビブラートは心地よいけれど、チリチリと細かいトレモロや大波のような

深い大きな声揺れは支え不足から起こります。

お年寄りの歌が大きく揺れるのは横隔膜の筋肉が弱って来るからです。

発声、姿勢、呼吸、口、発音、と色々書いてきましたが、正しい歌い方とは、

横隔膜の支えの上、自由な体で自然に歌う事につきます。

そうすればきっと90歳、100歳でも歌う事が出来るでしょう。

 

次回からホームページ上で「私の留学記」が始まります。

 

No.21 総集編1

毎月ミニレッスンを続けて20回が過ぎました。5月、6月は御さらい総集編です。
夏からは新しい頁「私の留学記」が始まります。
芸大生の頃はレッスンの日は必ず緊張から下痢をしていた私がどうして急にレッスンが
楽しくなったか、初めてのカルチャーショックの色々等をお届けしますのでお楽しみに。

さてレッスンNo.1と2 にもどってみましょう。
とにかく喉の周辺をリラックスさせる(力を抜く)事と、横隔膜をしっかり使う事と、
鼻からたっぷり呼吸を取り(口ではなく)その息に声を載せる事、これがMUST
だと言う事をもう一度思い出して下さい。

 

No.20 声帯にも筋トレを

私達の体は筋トレをしないとドンドン弱ってしまう。
声帯も口唇も舌も筋肉の一部、使わないでいると動かなくなってしまう。
声を出しにくくなるばかりか、カツゼツも悪くなって、自分では普通にしゃべっているつもりでも、
何を言って居るのか伝わらなくなってしまった高齢者も多い。
意識してはっきりしゃべり、口を動かし、舌を動かし、歌を歌う。
挨拶もはっきり、明るく、笑い顔で大きな声を出そう。
声楽家を目指す皆さんは毎日の体のストレッチ運動に、声帯のリラックス訓練を5分でもよいから加えよう。
1時間も2時間もわーわーと大声でアリアを歌うよりメンテナンスをする事の方が大切です。 

 

No.19 動物から学ぶ喉

私達は動物の声から学ぶことも多い。

窓ぎわにきて大きな声で鳴くカラスの羽の下で凄く動いている横隔膜、だからあんな小さい体で大きな声が出るのだろう。

ウグイスがクレシェンドの練習をしているのを聞いた。

初めは下手で声がひっくりかえるが、そのうち”ホーー”の部分にすばらしいP~Fが入るようになる。

前回ネコの声の事を書いたが、どういう風に自分の軟口蓋が動くとあの“Ngnya-”と言う声になるのか実験してごらんなさい。

私が最初に習ったアメリカ人の先生は何時もネコの声の真似から始まり、喉を絞めた時とリラックスして空いた時の感覚の違いを教えて下さった。

私達は案外自分の喉の動きを知らない。

ちなみに日本語の「が」には2種類あるのはご存じだろう。

「合唱」と言う時と[音楽]と言う時の“が”は違う。

喉がどうなった時鼻濁音になるのか、自分で自分の喉を動かしたり変えたり出来る事はよい発声法につながる。 

 

No.18 ネコになって

ネコブームのこの頃ですが、私がアメりカから連れてきたシャムネコは”ウンニャオ“と太いドラマチックないい声でした。
次に日本で病院の庭から引き取ったキジネコは”アーン“と小さい裏声でした。

猫の声も生まれつき色々あるようです。
この小さい裏声”アーン”は私達の発声練習にとてもよいのです。
出来るだけ高いポジションで小さい声で鼻と軟口蓋が合う所でアーンとかクンクンとか言ってみてください。
これが出来る方は発声時に力が入っていない証拠です。
さあ、猫になって見てはいかが?

 

No.17 良い声はよい発声?

人の声質は生まれた時から決まっているようだ。

私の大叔母は電話でいつも母と私と妹を間違えてしゃべりだしては「あれ?違うの?」と言って笑っていた。

生まれつきの声は直せないが発声法で心地よい声に直すことはできる。声が大きく美声に生まれた人は幸せ。

でも時に自分の声にうっとりして音楽作りを軽んじてしまうひとが多い。
 1番恵まれているのは美声に生まれ、自然な発声が出来る人。
 2番目は美声や大きな声ではないが、良い発声で歌う人。     
 3番目は美声なのに発声が悪くて、聞いていてもつらくなる人。   
 4番目、これが一番多い、声もないし発声が悪いひと。      
 5番目、声もなく、発声が悪く、音楽性のないひと。

 

No.16 スタッカートで発声してみよう

高音が出ない,頭声をどうして出すのか解らない、と言う方、スタッカートをおすすめします。

スタッカートとは短くハ、ハ、ハと横隔膜から頭の共鳴空間にぶつける音の事で、

喉や舌には絶対に力を入れないで出す声の事です。

言葉で歌おうとすると高音が出ない方も、長くのばすと苦しい方も楽なスタッカートなら出るハズです。

まず口は大きくあけましょう。

喉と舌根をリラックスし、上顎の奥,軟口蓋を引き上げて(あくびの形)ハツと空気を送ってみてください。

きっと高い声も楽に出るでしょう。

 

No.15 “Be An Entertainer”

レッスンに来る若い方達は皆いい声をしていて、楽譜には忠実、音程もリズムも正しく、

難しいテクニックも高音も気張って出せる。

でも顔が引きつっていたり、額に八の字が入っていたり、膝を曲げて格好かまわず叫ぶ方が多い。

残念ながらその人達の歌で私は鳥肌が立つような感動で涙が出そうになったりしない。

先生の真似をして習った通りに歌う歌手のなんと多い事か。

自分の個性を出し自由に体も声もときはなして楽しみながら歌う、これが多くの日本人の課題だと思う。

バッハを歌おうがミュージカルを歌おうが私達はエンターテイナーにならなくてはならない。

お金を払って遠路来て下さったお客様が気持ちよく家路について下さるような演奏をする責任がある。

パーフェクトに歌っているのに輝いていない貴女、それは本当の音楽の姿ではありません。

 

No.14 バーンスタインの言葉 
今年2018年は作曲家バーンスタインの生誕100年で、彼の作品による多くのコンサートが計画されている。

以下私達が常に心に留め置きたいバーンスタインの言葉である。

11月3日には二期会英研のバースタイン コンサートもある。(コンサート案内)

"足の先から頭まで一つ一つの音符を歌い、奏しなさい。 音楽は単にビートを刻み、きちんと歌う事ではない"
"音楽にカテゴリーはない。宗教曲からロックまで良い音楽はよい。"
"音楽を愛する事は人を愛する事である。"

 

No.13  本番前の心構え 続編

本番近くなったらとにかく風邪をひかないように注意するのはもちろんだが、ひいてしまったり、重なる練習の疲れや睡眠不足、精神的ストレスで喉の具合が悪くなてしまう事もある。そんな時、これでもか、これでもかと声を振り絞るのは逆効果。軽い小さい声でもよいから喉を絞めつけずに歌の内容を伝える事に専念しよう。
咳が出そうな時は口でなく鼻から吸うとのどを刺激しないので咳が出にくい。強いうがい薬より重曹を溶かした物でうがいするのは案外よく効く。ドライマウスにならないようマスクを横2つ折りにして鼻だけ出して寝るのも良い。漢方薬やトローチ、咳止めも良いが、当日は抗生物質や強い風邪薬を飲まない方が良い。以前本番でうつらうつらして眠ってしまいそうになった事があったので御注意を。

No.12  本番前の心構え

今回はコンサートの本番を迎えようとしている方へのアドバイスをしましょう。

何より大切なのは心に余裕を持つことです。あわててコーヒーをこぼしたり、ストッキングを破いたりしただけでアガってしまって言葉が出なくなる事もあります。当然の事ですが衣装、靴、装飾品、ヘアスタイルなどは前もって決めておくのはもちろん、楽屋での飲食も用意しておきましょう。ちなみにコーヒーはカフェインが入っているので落ちつけなくなる人もあり、直前に塩からい物を食べるとドライマウスになるので注意。パンよりおにぎりのほうが もち がよいし、前日にステーキを食べておくとスタミナが出ます!

アイスクリームやピーナツやおせんべいなどは喉によくありません。当日は時間をたっぷりとって会場へ。楽屋では発声と共に体のストレッチや軽いジャンプなどをして体を目覚めさせましょう。だまって坐って待っているのもいけませんが、はしゃいでおしゃべりをし過ぎるのもよくありません。ヒールをはく場合は当日の靴をはいて歩いたり歌ってみるのも大切。楽屋を出た所からステージの中央に着くまでも演奏の一部である事を忘れないように。悪い姿勢でドタドタ歩かないよう、顔は7分お客様の方へ向け、ニッコリして出ましょう。「さあ、私の歌を楽しんで下さい!」と言う第一印象を与えましょう。貴女の方からお客様をリラックスさせる、するとお客様も笑顔で迎えて下さり、マジックのようにコミュニケーションが始まるのです。

No.11 喉の奥の訓練
年を重ねると手足の筋肉が弱ると同時に喉も筋肉なので弱って行きます。喉の筋肉を訓練する事で弱化を防ぎましょう。残念ながら日本語は喉の奥部分をほとんど使わないので意識して次の3つの練習をしましょう。

 1.Nga,Nga(んが)は上あごの奥と舌の奥をくっつける練習

 2.Da,Da(だだ)上あごと舌の真ん中あたりをぶつけ合う練習

 3.La,La(らら)舌の先だけを上歯の裏にたたく練習                    

 4.Pa,Pa(ぱぱ)上下唇をぶつけ合う練習

この訓練によって歌詞がはっきりするのはもちろん、しゃべり言葉もはっきりしますし、気管と食道の切り替え扉をしっかり動かせることで誤嚥という恐ろしい事態を招かないようにするのに役にたちます。毎日何回か声に出してみましょう。

No.10 "Big Breath"の続き
歌の途中で息が足りなくなってしまって、自分は息が短いのです、と言う方が居られます。実は日本人女性の肺活量は体型とあまり関係なく皆ほとんど同じです。息が足りなくなる理由は3つあります。

 1:歌い始める時肺一杯にBig Breathを吸っていない人。

 2:息の貯金が出来ないで無駄使いしている人(横隔膜が弱い)。

 3:頭の音でせっかく吸った息の半分位を使ってしまう人(最初の声から常にffで歌う癖)

横隔膜は歌っている間はずっと固くなっている事、そうすることで吸った息を少しずつ使う、我慢して横隔膜を急に緩めない事に注意して歌いましょう。

No.9 Big Breath
アメリカで何時も先生に"Big Breath!"(大きく息を!)と言われました。歌の基本は大きな深い息を上手に使う事です。バースデイケーキに立てられたローソクを1息で消してみましょう。私?もう87本も立てられませんけれど。口の前に紙を下げるように持ち、フツと吹くと紙がぴらぴらと音を立てて動くか試してみましょう。消せない、動かない、なら息が弱い証拠です。ラッパを吹くつもりでBigBreathを鼻から吸いましょう。例えばフォスターの「夢路より」の最初のフレーズを英語でしゃべってみましょう。

"Beautiful Dreamer"と一息でしゃべってから歌ってみてください。途中で絶対に空気の流れを止めない、横隔膜を動かさないでBig Breath を。

No.8 楽しく歌って居ますか?
気持ちがいいなア、楽しいなア、と思って歌って居ますか?鏡を見て歌って居る自分をよく見てみましょう。若し額に八の字が入っていたら発声に無理があるからです。肩が上がっていたら不必要な力が入っているからです。高音を出そうとする時手を一緒に上げる癖のある方、手を上げても何も発声の助けになっていませんから止めましょう。体重は両足でしっかり支えましょう。ゆらゆらと重心を移動させないで歌いましょう。口は大きく開いていますか?喉の奥が見えるように。そうすることで声帯を通った空気が息に乗って自然に流れ、気持ちよく歌えるはずです。

No.7 歌う前に考えてほしいこと 

動物の中で人間だけが言葉を持って居り、音楽の中で歌詞を生かして演奏出来るのは声楽だけです。立派な声で高度な技巧を聞かせても、歌の内容が伝わらなければ聞く人は感動しません。先ず4つの"W"-Who、Where、When、What、自分が誰で、何処で、何時(時代は何時か、朝か夜か等)、何を歌おうとしているのか、を調べてから"How"、どのように歌いたいかを決めましょう。声や技術にこだわる前に、どうしたら内容を伝える事が出来るかが大切です。声を出す以前の勉強をおろそかにしないことです。 

No.6 体で表現

表現の30%は表情。特に目。気張った顔や死神のような顔ではいくら良い声で歌っても感動を与える事は出来ません。

やさしい顔で歌っていますか?目が歌い掛けていますか?口はちゃんと開いていますか?顎がゆれるくらいリラックスしていますか?歯をくいしばってはいませんか?そして舌、スプーンのように中央がへこんでいますか?

舌根が固い方は高い声が聞き苦しいか、届かないのです。

No.5 口の開け方ではっきりした発音になる

楽器と歌の一番の違いは「言葉」がある事です。声量や技術がすぐれていても、歌の意味、内容が伝わらなかったら歌う理由が半減します。日本語を話す時私達は殆ど口を動かしません。「よい御天気ですね」と言ってみてください。唇も舌も顎もほとんど使っていないのが解るでしょう。たとえ歌詞が日本語でも歌う時は大げさに動かすことです。外人になったつもりで口の部分品を動かしましょう。 

ア行 の発音には指2本が縦に入る位の縦楕円形の口をあけましょう。無理に開けるのではなく耳のすぐ下から顎を落とすつもりで。

エ行 を言う時は アの口のサイズを変えないで舌の形だけ変えるつもりで。口の形まで平たく横に開けてしまうと平べったいつぶれた声になってしまいます。
イ行 も上下の歯の間に2、3ミリの隙間があるように。絶対完全に歯をとじないよう。
オ行 日本語の オ より頬と唇を前に出すと深い オ になります。
ウ行 日本人に一番苦手なのが ウ です。

ひょっとこの口、若い方ならチューをするときの口をするとはっきりした ウ が出来るでしょう。

言語が何語であってもはっきり発音する事に心がけましょう。

No.4 よい声で生まれても、発声が悪い人は早く歌えなくなってしまう

肺一杯に入れた空気が声帯を通して口から出るのが声、それにリズムと音程と言葉が付くと歌になります。歌は誰でも歌えますが正しい発声で歌って居る方は案外少ないようです。すぐ声が枯れる、喉が痛くなる、疲れる方は発声法を直しましょう。息が短くてすぐ苦しくなるのは一度にすった空気が一度に多量に出てしまうから。横隔膜は車でいえばブレーキの働きをするので、歌っている間はずっと緩めないで少しずつ空気を出す役目をします。それに対して声を出そうとする吐く息がアクセル、この二つのバランスがよいと、長いフレーズも歌えるし丁度よいビブラートの声になります。ちょうどゴム紐を上下で引っ張り、紐がピンと張った状態になれば理想的です。ゆらゆらする深いビブラート、又はヤギの鳴声のような細かい揺れのビブラートになってしまう方は、声を出す力と出るなと引っ張る力のバランスがうまくいっていないのかもしれません。

No.3 息は鼻から吸いましょう

腹式呼吸とは下腹部を張るのではなく横隔膜呼吸の事です。横隔膜の位置が解らない方は咳をしてみてください。手をあてれば胃のすぐ下にある筋肉が動くのが解ると思います。息は鼻から吸いましょう。口からだけではたっぷり空気を吸えませんし、喉を壊します。鼻から気管を通って肺に入った空気は肺をゴム風船のように膨らませるので、肺が膨らめるよう胸郭も広げておいてください。胸の肋骨と肋骨の間に隙間が出来るので手で触ると1本1本の肋骨を感じるように膨らませてください。空気が満杯になった肺はさらに膨らみたくて、下にある横隔膜を押し下げ、押し出します。ですから息を吸った時横隔膜の辺りは固くなり、前方にせり出しているハズです。]吸ったのにお腹が引っ込んでいる方、又はプよプよしている方がいらしたら一寸呼吸法が違って居るのだと思ってください。

次回は吸った空気を声帯を通して吐き出す、即ち歌うことについて勉強しましょう。 

No.2 発声器官の力を抜こう
声は声帯から出るからと喉を絞めつけて歌ってはいけない。喉を壊す原因になるし、苦しそうな声に聞こえてしまう。発声器官の力を抜こう。先ずくつろいで座りゆっくりした気分で目を閉じ、自然に舌が垂れる時の感じを体得しよう。人がまさに眠りに入る時の状態で、唇にも顎にも力は入ってないはずである。この訓練で何時でも歌う時に力を抜く事が出来るようになる。歌って居る時誰かが唇をさわるとプルンとなるはずだし、人差し指と親指で顎をつかみ、自分の意思でなくガクガクと自由に動かせるか試してみよう。 立ってみよう。肩を上げるな。膝を曲げた状態で歌いだすな。お尻や足にも力を入れるな。胸はゆったり開き横隔膜だけを硬くして呼吸する。

次回は横隔膜呼吸について。

No.1 リラックス
肩をいからせず、手はぶらぶら、足は自然に、首、喉、舌、全部を緩め、寝ぼけ顔のままで声を出してみよう。気張るな。吠えるな。叫ぶな。声量は後で。先ずは自然にため息をしてみよう。アーアと言うとき人はどこにも力を入れて居ないはず。

さあ、次回は姿勢や呼吸にふれましょう。